独立までの道のり

雇われた高収入はいらない。 どうせなら自身で稼ぎたい。 ずっと働いていた会社を辞め、自身で生きる。 勝手気ままな仕事とプライベート ほとんど独り言・・・。

    カテゴリ: オヤジ 末期ガン

    あれから、俺は何も変わってない。

     
    ちょうど1年前の今日の朝、
    親父が危篤だと言う連絡を受けて
    新幹線に飛び乗った。


    「今日はこどもの日だろ、
     今日逝くのだけはやめてくれよ」

    新幹線の中でずっと思ってた。


    病院に着いたときには夕方。
    もう話をすることができない状態だった。

    親父がいた病室は個室になっていて、
    風呂もトイレもついているような部屋だった。

    緩和ケア病棟。

    いわゆる・・・
    最期の人を迎える病室であったに違いない。



    俺は親父の好きだったビールを買い込み、
    病室でそのまま一緒に飲んだ。

    それから数年間できなかった話を、
    二人でずっとしたんだ。


    その日は禁煙していたタバコを買い
    病室を抜け出しては貪るようにタバコを吸った。

    控えていた酒も、浴びるほど飲んだ。


    好きだった音楽を流しながら、
    一緒に酒を酌み交わして、
    病室でいろんな話をしたんだ。


    酔っぱらってフラフラになりながら、
    朝方まで一緒に飲んだ。

    5月5日の夜のこと。




    そして、これが最期の会話となった。


    そして親父は一言もしゃべることないまま、
    静かに人生の幕を下ろした。




    さて、明日は親父の一周忌となる命日。
    親父を偲びながら酒を飲んでいる。

    あれから、俺は何も変わってない。
     







    9月の月命日で親父が亡くなってから4ヶ月。

    なかなか手が進まずにブログを放置していたけど、
    こういうことも時の経過とともに少しずつ薄れていくもので。

    あのときは何をしたらいいのか、
    何を考えたら、
    これからどうしていけば良いのか、

    なんて考えることもあったけど、
    四十九日が過ぎて、初盆が過ぎて・・・。


    ようやく落ち着いたような気がします。
    次は一周忌かな。


    月命日である日に書こうかなって思ったけど、どうせ仕事が手いっぱいで、当日はブログのことを忘れていそうだから今のうちの書いとく。



     

    おやじの異変を聞いたのが、6日20時前だっただろうか。

    急いで病院に向かったが、その瞬間には間に合わなかった。


    その後、バタバタしながらも、
    昨日無事葬儀が終わった。


    残された者がやらなければいけない後処理もたくさんある。

    それを片付けるまでは、終わらない。



     

    一歩遅かった。

    いま、病室から書いています。
    タイミングが少し遅かったようです。

    今朝、ヤバいかもしれないという連絡があり、
    いてもたってもいられず新幹線に飛び乗り、
    オヤジに会いに行きました。


    しかし、時すでに遅し。


    麻酔で痛みを和らげているためか、
    反応はあるものの、会話はできません。

    主治医の先生のお話を聞くことができましたが、
    どうも先行き厳しいことは確かなようです。


    通常、麻酔を外すと、ある程度の会話が一時的にできるようですが、それさえも厳しい。

    麻酔を外しても話すことは困難なようです。


    そして、今夜は一人で病室に泊まることにしました。

    一緒にご飯を食べ、缶ビールを買ってきて、
    一緒に酒を酌み交わし、
    せっかくなので2ショット写真や動画を撮りかわし。

    数年ぶりに親子水入らずの時間を過ごしています。


    パッと見ただけで小さくなっていたオヤジ。

    人間ってここまで小さくなるものなのかと思うほど、
    やせ細っている手足や体にビックリしました。


    いま、声をかけるとある程度の反応をしてくれます。
    到着したときより麻酔を増やしているので、
    反応が鈍くなっていることは確かです。


    3日、一週間というところでしょうか。

    はじめてこういう場面に直面して、
    うまく表現する言葉が見つかりません。



    理不尽なことは承知なうえで、
    先生に愚問を投げかけました。

    「これが当人にとって幸せなのですか?」と。


    正直私はわかりません。
    このまま息ができなくなってくるのを無情に待つだけの状況なんて、ちっぽけな頭ですら理解することができません。


    当人がどうしたいという意思は、もうすでに知ることはできない状態です。

    メッセージを伝えたいのか、痛みをやわらげて欲しいのか。


    母親という女性ではないだけに、
    最後の人絞りの力を振り絞って、
    メッセージを残させてあげたいと思うのです。

    これは個人的な希望です。

    それを当人が望んでいるかどうかも分からなければ、それが常識はずれなのかもしれません。


    しかし、

    太く短く生きた男の人生として、
    最後のメッセージを聞きたいのです。


    それを胸に、
    私はこれからの人生を生き抜いていきたいとも思うのです。


    痛いだろうな。
    苦しいだろうな。

    あとは自分の好きにしていいよ。

    踏ん張るなら踏ん張って見てもいいし、
    少し休んでもそれは気にしない。

    これまで頑張ってきたんだから。







     

    報告を受けてから数日。

    まだ何もできていない。 
    というか、何も考えられていない。

    命あるもの、いつか終わりが来る。
    それは理解できる。

    でも、それって、
    いつ終わりが来るかわからない状態だからこそ
    耐えられるような気がする。


    終わりが決まっていて、
    時間のカウントダウンが始まっていて、
    それを止めることも出来なくて・・・


    神様じゃないんだから。


    「ちょっと待って」なんて
    ジョジョの世界じゃない限り、
    時間なんて止められない。


    終わりが見えているって言うのに、
    何もすることができなくて、
    何をしてあげることが良いのかすらわからない。


    情けない・・・の一言です。



    もしかしたら、心の奥底で考えないように、
    事実に向き合おうとしていないのかもしれない。


    離れていることをいいことに、
    このまま実家に近寄らなければ
    今までと変わらない生活なんじゃないかって。


    今まで通りの環境が
    そのまま永続できるんじゃないかって。


    都合のいいことばかり考えてるのだと思う。




    おやじに会いたいよ。













    すまん、今はどうしても
    ポジティブな内容のブログが書けない


    オヤジが癌になっているそうだ。
    それも末期で全身に転移しているとのこと。

    その話を聞いたのが、
    2014年5月2日14時23分。

    胃と肝臓を中心?に、すでに頭のほうまで冒されているらしい。
    つまり、まともに話せないかもしれないという状態。


    らしい・・・、というのも、
    いま、少し我が家庭は複雑な環境にあって、
    正確な情報がなかなかつかめない。

    離れた場所に住んでいるため、
    行くことが容易なわけでもない。


    そして、医者が言うには・・・

    すでに治療や検査自体が困難な状態で、
    もって、あと1〜2ヶ月

    これが、余命というやつらしい。



    5月もしくは6月にはこの世からいなくなる。

    もう、孫の姿を見せてあげることはできないだろう。
    なんて親不孝者なんだろうと自分が情けない。

    これまで周りの人を含めて人が亡くなることに遭遇したことが無いため、
    なかなか死というものを受け入れられずにいる自分がいるのです。

    今の気持ちを残しておこうと書いているが、
    頭の整理が数時間たってもできない。

    書きたいことはあるはずなのに。

    毎日数千文字のメルマガを発信しているのにもかかわらず、
    なぜか文字が頭に降りてこない。



    オヤジ・・・すまん。

    何にもしてあげられないままだったな。



    いま多少無理をして会いに行ったところで、
    まともに会話ができるかすら不明。

    そんな状態で会いに行ったって、自己満足じゃないか?
    そう思う自分もいる。



    この状況でどう動いてよいのか、
    何をすればよいのか、わからない



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